洲に捕縄をまわして見せるが、まず、丸にワの字の極印つき小判が出るまでは当分|沈伏《ちんぷく》沈伏……すべては、その出羽の小判が口をきくであろうからのう――」
 と忠相、いま黒犬が走り去ったのも気がつかず、しきりに話しかけているが、何におびえてか黒は、池のかなたの植えこみに駈け入って、火のつくように吠え立てる声。
 洗面のしたくでもできてお迎えに来たらしく、はるか庭のむこうを若い侍女が近づいてくるのが見える。
 忠相は、侍女の足労をはぶくために、もうさっさとこっちから歩き出していた。

「あの、先生……」
 朝日の影が障子に躍りはじめると同時に、いま、大岡様のお座敷を出て来たお艶、泰軒のうしろについて、二人がお庭の池に沿うて植えこみの細道に来た時、こうためらいがちに声をかけたのだった。
 例によって貧乏徳利《びんぼうどくり》を片手に、泰軒は歩調をゆるめて振りかえる。
 お艶は立ちどまった。
「先生!」
「なんじゃな?」
答えながら、かぐわしい朝の日光のなかに初めて、お艶のすがたを見た泰軒居士、一歩さがってその全身を見あげ見おろし、今さらのように驚いている。
 そこに、泰軒の眼に映っているのは、あさくさ瓦町の陋屋《ろうおく》にぐるぐる巻きでつっかぶっていたお艶ではなく江戸でも粋と意気の本場、辰巳の里は櫓下の夢八姐さん……夜の室内で見た時よりは一段と立ちまさって、すっきりした項《うなじ》から肩の線、白い顔にパッチリと整った眼鼻立ち、なるほど、よく見ればお艶には相違ないが、髪かたちから化粧、衣装着つけや身のこなしまで、彼女はもう五分の隙もない深川羽織衆になりすまして、これでは、識《し》った者で往来ですれ違ってもとても気がつくまいと思われるほど。
 夜来のおどろきと気づかいに疲れたのか――後《おく》れ毛が二、三本、ほの蒼い頬に垂れかかって、紅の褪《あ》せたくちびるも、後朝《きぬぎぬ》のわかれを思わせてなまめかしい。
 大きな眼が、泰軒の凝視を受けて遣り場もなく、こころもちうるんでいた。
 一雨ごとのあたたかさ。
 その雨後のしずくに耐え得で悩む木蘭《もくらん》の花。
 そういった可憐なものが、物思わしげに淋しい、なよなよと立つお艶のもの腰に、蔦《つた》かずらのようにまつわりついている。
 この嬌美《きょうび》にうたれた泰軒、何か珍奇なものを眺めるように、こと改めてしげしげと見
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