いつお越しになったかも存ぜず、それに、あまり変わった服装《なり》をしておいででござりますゆえ、つい、失礼ながら怪しきやつと……」
「うむ……なんじの寝ぼけ眼に映じたのであろう?」
 忠相も、笑いをこらえている。
「はッ」
「かわった服装《なり》[#「服装《なり》」は底本では「服|装《なり》」]と申すが、それもお役柄、隠密なればこそじゃ。その方とても時と場合によっては、探索の都合上、ずいぶんと変わった扮装《なり》をいたすのであろうがの」
「はっ。まことにどうも」
「一応声をかけて然るべきに、余と対談中の方へ槍を向けるとは粗忽《そこつ》なやつじゃ」
「なにとぞ平に御容赦……お客さまへも御前からおとりなしのほどを」
「越州《えっしゅう》どの、わかればもうそれでよいではござらぬか。ただ以後はわしの顔を覚えておいて、御門許しを願いたいものじゃて」
 と泰軒は、うまくバツを合わせながらおかしいのをおさえた。
「今後気をつけるがよい」
 ポツリと言った忠相、
「何か用か。聞こう」
「は」と始めてお艶の訴えを思い出した大作、ズズッと膝を進めて、
「御前《ごぜん》、あの伊兵衛めが先刻辻強盗に斬られて落命いたしたげにござります」
「何? 伊兵衛と申すと大工の伊兵衛か――して、いかにしてそう早く其方《そち》の耳に達したのか。訴人が参ったナ?」
「御意《ぎょい》にござりまする」
「女子《おなご》であろう?」
「は、いかにも女子。なれどどうして御前には……」
「越州殿は千里見通しの神眼じゃ。たえずかたわらにあって御存じないとみえるの」
 泰軒が口を挟む。大作はしんから低頭した。
「恐れ入りましてござりまする」
 いたずら気にニッコリした忠相。
「呼べ」
「は?」
「その女子をこれへ呼び入れるがよい」
「ハッ」
 立とうとする大作を、忠相の言葉がとめていた。
「訴えて参った女というのを、わしが一つ当てて見せようか。まず年若、稀《ま》れなる美女、世に申す羽織、深川の芸妓ふうのつくりであろうがな?」
「実はその、手前もまだ引見いたしませぬが、取次ぎの者の口ではどうもそのようで――」
「それに相違ない。連れて参れ」
 いよいよ恐懼《きょうく》した大作が、お艶を呼びに急ぎさがってゆくと、忠相と泰軒、顔を見合ってクスリと笑った。
 泰軒は、血筆帳の旅から帰府してまもなく、今夜また例によって庭からはいりこ
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