許されたお艶、数丁さきで駕籠を捨てて、あとは裾をはさんで裸足になり、湿った土を踏んで、バタバタバタとあわただしくお裏門へかかると、
「この夜ふけに何者だ? なんの用で参った?……おお! 見れば若い女のようだが」
 御門番の士がのぞいてみて不審がお。
「はい。実はいそぎを要しまして、駈込みのおうったえでございます」
 狼狽したお艶が、こう懸命に声を張りあげると、門内の士はいっそう威猛高に、
「黙れ、だまれッ! 駈込みの訴えならば、夜が明けてから御奉行所へ参れッ、南のお役所を存じておろう、数寄屋橋《すきやばし》の袂だ」
 と、今にも、ピシャリ、潜門《くぐり》に小さく開いているのぞき窓をしめてしまいそうな形勢だから、お艶はもう泣かんばかり――。
 番士のほうにも理屈はある。
 強訴《ごうそ》……いわゆる駈込みうったえというのは。
 南町奉行所の前へ行くと、腰かけが並んで願い人相手方というのがズラリ並んでいるが、そのむこうに見えるお呼び出し門、これが開いたとみるや、ドンドン素足でとびこんでゆく。すると門番がいて、差し越し願いは取り上げにならん、帰れといって突き放す。そこをもう一度走りこむ。そうすると今度は、訴え事があるならば差添《さしそ》い同道、書面をもって願い立てろと門番がどなって、二度目に手あらくどんと門外へつき出すのだがそれを押しきり、三度目に御門内にとびこんで、わたくしはこの御門を出るとすぐに殺されてしまいますと大声をあげると、人命に関するとあってはお上でも容易ならずと見て、はじめてここにお取上げになり、荒筵《あらむしろ》のうえに坐らせられて、八丁堀同心見習の若侍が握り飯二つに梅干を添えてお手当として持ってくる。これをすぐさまむさぼるように食べて、大事の訴えに朝飯を食わずに来たという非常ぶりを見せなければならない。そのようすを当番の与力が訴え所の障子を細目に開けて見ていて、これはいかさまよほど重大な願いごとがあるのだろうと、そのおもむきをお奉行さまへ上申して第一の御前調べにひき出される……これが、当時公事の通《つう》とも言われるものは必ず一とおり心得ていた駈込み訴えの順序とコツ。
 言うまでもなく、これはすべて、お役所での法外の法なのだが――。
 が、しかるに今。
 お艶は、お役宅の門をたたいて駈込みの訴えだといったから、相手はここいらにふさわしからぬなまめかしい女
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