心地ついた新助が、わななく口で話すところはこうだ。
「棟梁といっしょに、わたしがまつ川さんで借りた提灯で足もとを照らしながらここまで来るてえと、そこの塀にくっついていたお侍さんがヌウッと出て来て、待てッ! と言いました。灯りで見ると、黒の覆面をして刀の柄に手をかけています。背の高い着流しの方でした。棟梁はああいう人ですから、黙って立ちどまりましたが、あっしが胆をつぶして逃げ出そうとしますと、その侍がヤッ! と叫んで刀を抜こうとする拍子《ひょうし》に、はずみで覆面がぬげ落ちました。はッとして私も顔を見ましたが、暗いのでかおだちはわかりません。が、うす鬢《びん》の小髷《こまげ》、八丁堀のお役人ふうでしたから、あっしが棟梁、お役人といいますと、棟梁はピタリと大地に手を突きました。するとお役人は棟梁の懐中物をしらべて、夜中大金を持ち歩くとは不審だ、明日まで預かっておくから朝奉行所へ出頭しろと、名も役目も言わずにそのまま財布を持って立ち去りそうにしますので、私と棟梁が泥棒《どろぼう》ッ! と大声をあげて騒ぎ立てたとたんに、私は、そのお役人がピカリと引っこ抜いたのを見ました。で、わアッ! と駈け出したとき、うしろに棟梁の魂切る声を聞きましたが、あとは夢中に転がりながら、まつ川さんへ戻ってたたき起こしたんで――」
 新助のいうところはこれだけだ。
 なるほど、持って出た提灯が、なかば焼け、土にまみれ落ちている。
 しかし、近くのどこを捜しても、ぬげた覆面はもとより、何ひとつ手懸りらしいものはみつからなかった。
 上《かみ》役人の斬り奪《と》り強盗……波紋はこれから大きくなっていく。
 新助が走って、日本橋銀町へ知らせると、帰りを案じていた伊兵衛《いへえ》の女房が若い者をつれて駈けつけてくる。
 自身番《じしんばん》から人が来て、ひとまず死骸を引き取っていったあと。
 未明……の雨。
 お艶はその足ですぐ、まつ川の男衆とともに辻駕籠をやとって、外桜田の大岡越前守お屋敷へ、おねむりを妨げるのもかまわずに訴え出た。
 あかつきかけて降りだした時節はずれの寒《さむ》しぐれ――さんざめかして駕籠の屋根を打つその音を、お艶はこの日ごろ耳にする色まちの絃歌、さんざ時雨と聞いてぼんやりしたこころにいっそうの哀愁と痛苦をつのらせるのだった。
 大岡様へ急の御用!――とあって女の身ながらも木戸木戸を
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