なったことと思った。
 が、二つになったのは、与吉ではなくてはんてん[#「はんてん」に傍点]だった。まるで鋏で断ち切ったように、左右に分かれて地に落ちている。
 ぽかんと気が抜けて立った与吉は、
「貴様ごときを斬ったところで刀がよごれるばかり、これにこりて以後人を見てものを言え」
 という栄三郎の声に、はっとしてわれに返ったのはいいが、どうして半纒が取られたのか知らないから、怖いものなしだ。
「何をッ! 生意気な」
 うめくより早く、蹴あげた下駄を空で引っつかんで打ってかかった。にっこりした栄三郎、ひょい[#「ひょい」に傍点]とはずして、思わず泳ぐ与吉の腰をとん[#「とん」に傍点]と突く。はずみを食った与吉は、参詣の石だたみをなめて長くなったが……。
 かれもさる者。
 いつのまに栄三郎の懐中をかすめたものか、手にしっかと五十両入りの財布を握って、起き上がると同時に門外をさして駈け出した。
 もう容赦はならぬ。追い撃ちに一刀!
 と柄を前半におさえてあとを踏んだ栄三郎は、門を出ようとする銀杏の樹かげに、ちら[#「ちら」に傍点]と動いた人影に気がつかなかった。
 ましてや、門を出がけに、与吉がその影へ向かって財布を投げて行ったことなどは、栄三郎は夢にも知らない。
 往来で二、三度左右にためらった末、与吉は亀のように黒船町の角へすっ[#「すっ」に傍点]飛んで行く。まがれば高麗《こうらい》屋敷。町家が混んでいて露地抜け道はあやのよう――消えるにはもってこいだ。
 おのれ! 剣のとどきしだい、脇の下からはねあげてやろうと、諏訪栄三郎、腰をおとして追いすがって行った。
 それを見送って、振袖銀杏のかげからにっ[#「にっ」に傍点]と笑顔を見せたのは、鈴川源十郎である。
 手に、ずしり[#「ずしり」に傍点]と重い財布を持っている。
 斬られたと思った与吉が駈け出して来て、手ぎわよく財布を渡して行ったのだから、源十郎は、あとは野となれ山となれで、食客の丹下左膳が眼の色をかえてさがしている坤竜丸の脇差が、あの若侍の腰にあったことも、この五十両から見ればどうでもよかった。
 見ていたものはない。してやったり! と薄あばたがほころびる。
 ひさしぶりにふところをふくらませた源十郎、前後に眼をやってぶらりと歩き出そうとすると……。
 風もないのにカサ! と鳴る落ち葉の音。
 気にもとめずに
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