てゆくと、時の鐘楼が夜ぞらに浮かんで、南割下水の津軽越中様お上屋敷の森がひとしお黒ぐろと押し黙って見える。
どこからか梅の香が漂ってきている。
早春の夜のそぞろ歩き。
とは言うものの、五百石旗本の身で五十両の金子《きんす》につまっている源十郎としては、風流心どころかいっさい夢中、とやこうと思い悩みながら、やみくもに歩をひろっているのだった。
花町の角を曲がって、竪川にかかる三つ目の橋。
それを渡って徳右衛門町から五間堀へと、糸に引かれるようにフラフラと深川の地へはいっていった。
抜けるように白いお艶の顔と、山吹いろの小判とがかわるがわる幻《まぼろし》のように眼前にちらつく。
おさよ婆を死んだ母御にそっくりだなどと敬《うやま》っておくのも、源十郎としては、いわば将を射る先にまず馬を射る戦法――やっとのことでそのおさよを手に入れ、ここに五十両の金さえあれば、それを縁切りにおさよを通しておおぴらに栄三郎からお艶を申し受けることができるところまで漕《こ》ぎつけながら、こうしてその金員の調達にはたと差《さ》しつかえているとは、宝の山に入りつつ手を空しゅうするようなものと、源十郎、思えば思うほどわれながらふがいなく、身内の焼けるような焦燥《しょうそう》の念に駆られざるを得なかった。
左膳の刀争いなぞ、もはや彼の思慮のいずくにもない。
あるのはただ、金のみ、五十両! 五十……。
五百石取り天下のお旗本に、たったそれだけの工面がつかぬというのはまことに不思議なようだが、つねから放蕩無頼《ほうとうぶらい》、知行はすべて前納でとっくにとってしまい、おまけに博奕《わるさ》が嵩《こう》じて八方借金だらけ――見るに手も足も出ない鈴川源十郎着流しに銀拵えの大小をグイとうしろに落として、小謡《こうた》を口に小名木川の橋を過ぎながら、ふと思いついたのが麻布《あざぶ》我善坊《がぜんぼう》の伯父|隈井九郎右衛門《くまいくろうえもん》のこと。
四年まえに五十両借りたきりになっているが、なにしろ隈井の伯父はお広間番の頭、役得が多くしたがって工面がいい。泣きついていったらもう五十ぐらいなんとかしてくれるかも知れぬ。
そうだ、一つ鉄面皮《てつめんぴ》に出かけてみようか。
いや! よそう、よそう!
そういえば去年の盆前にも一度二十両しぼり出しに行ったことがあったっけ。
あの時、いや
前へ
次へ
全379ページ中265ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング