梃駕籠が、エイハア! の[#「エイハア! の」は底本では「エイハア!の」]掛け声も鋭く角々を折れ曲がって、大戸をあけはじめた町家つづきを駈け抜けること一刻あまり、トンと鳴って底が地についてみると、ゾロゾロとはい出た五人の火事装束――そのなかに、首領《かしら》だった銀髪|赭顔《あからがお》の老武士の腕に、ぐったりとなった弥生のからだが優しく抱かれていたのだった。
が、この、細雨の一夜を剣戦にあかして、しののめとともに風魔《ふうま》のごとく走り去って来た五人組は何者?
そして、いまその落ち着いたところはどこか?……この青山長者ヶ丸子恋の森を近くに望む、とある陽だまりの藪《やぶ》かげだった。
乾坤をねらう火事装束は、今また弥生のいのちの恩人である。そのあいだにいかなる話しあいができあがったものか、同じ日より弥生は、過去のすべてとともに丈《たけ》なす黒かみをフッツと断ち切り、水ぎわだった若衆ぶりに名も小野塚伊織と改め、五人の武士と十人の荒くれ男が住むふしぎな家に、かれらの尊崇《そんすう》の的《まと》として起居をともにすることとなったのだった。
運命《さだめ》知らぬ操《あやつ》りの糸――これも離在する雲竜二刀がかげにあってひくのであろうか。
ほどなく浅草橋の上で弥生のはいて出た足の物が発見され、当然弥生は身を投げて死んだこととなり、養父|土屋多門《つちやたもん》も泪ながらにあきらめて、あたらしくふえた土屋家仏壇の位牌《いはい》には、弥生の俗名と家出の月日とが記されてある……。
然り! 弥生は死んだのだ。が、その変身小野塚伊織は、人に知られず生きている。
その、生きている弥生の伊織、いま子恋の森で何ごとか語り終わって、ちょっと相手の一寸法師を見やると、山椒《さんしょう》の豆太郎、どことなく淫《みだ》らな眼をニヤつかせて、さすがに争われずふっくらと白い弥生の胸元をのぞきこむようにしているので、はッとした弥生、思わず立ちあがった。
灼《や》けつくような豆太郎の視線を受けて、われにもなくどきりとした弥生が、ゆらりと草間に立って忙しく襟を掻き合わせると、こんどは豆太郎、その白い手首から袖口の奥へとへんな眼を走らせながら、これもたったは立ったものの、ようよう頭が弥生の帯へ届くくらいで……。
「ヘヘヘヘ、何もお殿さま、取って食おうたア言いやしめえし、急にそんなに気味わるそう
前へ
次へ
全379ページ中254ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング