で二人と大書していた。
 今その、泰軒愛蔵の殺生道中|血筆帳《けっぴつちょう》をひもとけば。
 おもてに血痕くろぐろと南無阿弥陀仏の六字。それから木戸の峠の三、助川宿の四人、鞍川の二と本文がはじまって、かくして江戸へ着くまでに。
 笠間の入口でまたひとり。
 若芝の野で三人。
 江戸の五里手まえ、松戸の往還で再び一人。
 しめ十四名を血載した帳面を懐中《ふところ》に、巷勇《こうゆう》蒲生泰軒がひさしぶりに帰府した夕べ、十七人に減じられた月輪組とつづみの与吉は、まだうしろを振り返りながら、灯のつきそめた都の雑踏《ざっとう》にまぎれこんでいた。

  子恋《こごい》の森

 武江|遊観志略《ゆうかんしりゃく》を見ると、その三月|事宜《じぎ》の項《こう》に――。
 柳さくらをこきまぜて、都は花のやよい空、錦繍《きんしゅう》を布《し》き、らんまん馥郁《ふくいく》として莽蒼《ぼうそう》四野も香国《こうこく》芳塘《ほうとう》ならずというところなし。燕子《えんし》風にひるがえり蜂蝶《ほうちょう》花に粘《ねん》す。わらじを着けて花枝をたずさえ、舟揖《しゅうしゅう》をうかべて蛤蜊《こうり》をひろう。このとき也、風雅君子、東走西奔、遊観にいとまあらずとす。これは旧暦だが、とにかく三月の声を聞けば、もう人のこころを浮き立たせずにはおかない春のおとずれである。
 三日は桃の節句。雛祭り。白酒。
 四日。
 江戸の西隅、青山|摩利支天《まりしてん》大太神楽《だいだいかぐら》興行……とあって、これが大へんな人出だった。
 青山長者ヶ丸の摩利支天《まりしてん》境内。
 いつの世に何人が勧請《かんじょう》奉安したものか、本尊は智行法師作の霊像、そのいやちこな御験《みしるし》にあずからんとして毎年この日は詣人群集、押すな押すなのにぎわいである。
 堂の四隣に樹木多く、呼んで子恋《こごい》の森という。
 あたかもよし、花見月のおまつり日和。
 武家屋敷に囲まれたたんぼの奥に、ふだんはぽつんと島のように切り離されて見える子恋の森だが、きょうは遠く下町から杖を引く人もあって、見世物、もの売り、人声、それらの音響と人いきれが渾然《こんぜん》として陽炎《かげろう》のように立ちのぼりそう……。
 森のなか。
 荒れはてた御堂をとりまいて、立錐《りっすい》の余地もなく人ごみがゆれ動いている。
 村相撲がある。紙で
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