から、どうだろう、五十両ばかり用だってもらえまいか」
番頭は二つ返事だ。
いったい札差しは、札差料《ふださしりょう》などと言ってもいくらも取れるわけのものではなく、旗本御家人に金を貸して、利分を見なければ立っていかないのだが、栄三郎の兄大久保藤次郎は、若いが嗜《たしな》みのいい人で、かつて蔵宿から三文も借りたことがないから、さっぱり札差しのもうからないお屋敷である。
ところへ、五十両借りたいという申込み。
三百俵の高で五十両はおやすい御用だ。
「恐れ入りますが、御印形《ごいんぎょう》を?」
「うむ、兄の印を持参いたした」
なるほど、藤次郎の実印に相違ないから、番頭の彦兵衛、チロチロチロとそこへ五十両の耳をそろえて、
「へい。一応おしらべの上お納めを願います」
ここまで見た源十郎は、ああ、自分は三十両の金につまっておるのに、あいつら、この若造へはかえって頼むようにして五十両貸しつけようとしている……刀も刀だが、五十両はどこから来ても五十両だ――と、何を思いついたものか、栄三郎をしりめにかけて、ぶらり[#「ぶらり」に傍点]と、両口屋の店を立ち出でた。
「殿様」
待ちくたびれていたつづみ[#「つづみ」に傍点]の与吉が、源十郎の姿にとび出してきて、
「ずいぶん手間どったじゃあありませんか。おできになりましたかえ?」
駈けよろうとするのを、
「シッ! 大きな声を出すな」
と鋭く叱りつけて、源十郎はそのまま、蔵宿の向う側森田町の露地《ろじ》へずんずん[#「ずんずん」に傍点]はいり込む。
変だな。と思いながら、与吉もついて露地にかくれると、立ちどまった源十郎、
「金はできなかった。が、今、貴様の働き一つで、ここに五十両ころがりこむかも知れぬ」
「わたしの働きで五十両? そいつあ豪気《ごうき》ですね。五十両まとまった、あのズシリと重いところは、久しく手にしませんが忘れられませんね。で、殿様、いってえなんですい、その仕事ってのは?」
「今、あそこの店から若い侍が出て来るから、貴様と俺と他人のように見せて、四、五間おくれてついてこい。俺が手を上げたら、駈け抜けて侍に声をかけるんだ。丁寧に言うんだぞ――ええ、手前は、ただいまお出なすった店の若い者でございますが、お渡し申した金子《きんす》に間違いがあるようですから、ちょいと拝見させていただきたい。なに、一眼見ればわかる
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