というんだ。でな、先が金包みを出したら、かまわねえから引っさらって逃げてしまえ。あとは俺が引き受ける」
与吉はにやにや[#「にやにや」に傍点]笑っている。
「古い手ですね。うまくいくでしょうか」
「そこが貴様の手腕《うで》ではないか」
「ヘヘヘ、ようがす。やってみましょう」
うなずき合ったとたん
「来たぞ! あれだ」
源十郎が与吉の袖を引く。
見ると着流しに雪駄履《せったば》き、ちぐはぐ[#「ちぐはぐ」に傍点]の大小を落し差しにした諏訪栄三郎、すっきり[#「すっきり」に傍点]とした肩にさんさん[#「さんさん」に傍点]たる陽あしを浴びて大股に雷門のほうへと徒歩《ひろ》ってゆく。
栄三郎が正覚寺《しょうがくじ》門前にさしかかった時だった。
前後に人通りのないのを見すました源十郎が、ぱっと片手をあげるのを合図に、スタスタとそのそばを通り抜けて行ったつづみ[#「つづみ」に傍点]の与吉。
「もし、旦那さま――」
あわただしく追いつきながら、
「あの、もしお武家さま、ちょいとお待ちを願います」
と声をかけて、律儀《りちぎ》そうに腰をかがめた。
「…………?」
栄三郎が、黙って振り向くと、前垂れ姿のお店者《たなもの》らしい男が、すぐ眼の下で米|搗《つ》きばった[#「ばった」に傍点]のようにおじぎをしている。
「はて――見知らぬ人のようだが、拙者に何か御用かな?」
栄三郎は立ちどまった。
「はい。道ばたでお呼びたて申しまして、まことに相すみませんでございます――」
「うむ。ま、して、その用というのは?」
「へえ、あの……」
と口ごもったつづみ[#「つづみ」に傍点]の与吉、両手をもみあわせたり首筋をなでたり、あくまでも下手に出ているところ、どうしても、これが一つ間違えばどこでも裾をまくってたんか[#「たんか」に傍点]をきる駒形名うての兄哥《あにい》とは思えないから、栄三郎もつい気を許して、
「何事か知らぬが、話があらば聞くとしよう」
こう自ら先に、楼門《ろうもん》の方へ二、三歩、陽あしと往来を避けて立った。
そのとき、はじめて栄三郎の顔を正面に見た与吉は、相手の水ぎわだった男ぶりにちょっとまぶしそうにまごまご[#「まごまご」に傍点]したが、すぐに馬鹿丁寧な口調で、
「エエ手前は、ただいまお立ち寄りくだすった両口屋の者でございますがなんでございますかその、お持
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