ながら、
「いらっしゃいまし――おや! これは鳥越《とりごえ》の若様、お珍しい……」
 釣られて源十郎が振り向くと、三座の絵看板からでも抜けて来たような美男の若侍が、ちょうど提《さ》げ刀をしてはいってくるところ。
 兼七の愛嬌には眼でこたえて、そのまま二、三人むこうの番頭へ声をかけた。
「やあ、彦兵衛《ひこべえ》。今日は用人の代理に参った」
「それはそれは、どうも恐れ入ります。さ、さ、おかけなすって……これ、清吉《せいきち》、由松《よしまつ》、お座蒲団を持ちな。それからお茶を――」
 源十郎、これで気がついてみると、自分にはお茶も座蒲団も出ていない。

 用人の代理といって札差し両口屋嘉右衛門の店へ来た諏訪栄三郎のようすを、それ[#「それ」に傍点]と知らずに、じっとこちらから見守っていた源十郎は、ふと[#「ふと」に傍点]眼が栄三郎が袖で隠すようにしている脇差の鐺《こじり》へおちると、思わずはっ[#「はっ」に傍点]として眼をこすった。
 平糸まき陣太刀づくり……ではないか!
 とすれば?
 もちろん、それは左膳の話に聞いた坤竜《こんりゅう》丸、すなわち夜泣きの刀の片割れに相違あるまい。
 刀が刀をひいて、早くも、左膳につながる自分の眼に触れたのか――こう思うと、源十郎もさすがにうそ[#「うそ」に傍点]寒く感じて、しばし、
「どうすればよいか?」
 と、とっさの途《みち》に迷ったが、すぐに、
「なに、左膳は左膳、俺は俺だ。もう少しこの青二才を見きわめて、その上で左膳へしらせるなりなんなりしても遅くはあるまい。それに、こんな男女郎《おとこじょろう》の一|束《そく》や二束、あえて左膳をわずらわさなくとも、おれ一人で、いや与吉ひとりで片づけてしまう」
 ひとり胸に答えて、なおも、さりげなく眼を離さずにいると、そんなこととは知らないから、栄三郎はさっそく要談にとりかかる。
「用人の白木重兵衛《しらきじゅうべえ》が参るべきところであるが、生憎《あいにく》いろいろと用事が多いので、きょうは拙者が用人代りに来たのだ。実は、鳥越の屋敷の屋根が痛んだから瓦師《かわらし》を呼んだところが、総葺替《そうふきか》えにしなければならないと言うので、かなり手数がかかる。兄も、ここちょっと手もとがたらなくて、いささか困却《こんきゃく》しておるのだが、三期の玉落ちで、元利《がんり》引き去って苦しくない
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