と居列《いなら》んでいるのだが、この札差《ふださ》しの番頭は、首代といっていい給金を取ったもので、無茶な旗本連を向うへまわして、斬られる覚悟で応対する。
いまも現に、蔵前中の札差し泣かせ、本所法恩寺の鈴川源十郎が、自分で乗りこんで来て、三十両の前借をねだって、こうして梃子《てこ》でも動かずにいる。
五百石のお旗本に三十両はなんでもないようだが、相手が危ないからおいそれとは出せない。
取っ憑《つ》かれた番頭の兼七、すべったころんだど愚図《ぐず》っている。
負けつづけて三十金の星を背負わされた源十郎にしてみれば、盆の上の借りだけあって、堅気の相対ずくよりも気苦労なのだろう。今日はどうあっても調達しなければ……と与吉を供に出かけて来たのだが、埓《らち》のあかないことおびただしい。できしだい、与吉を飛ばして、先々へ届けさせるつもりで戸外に待たしてあるので、源十郎も一段と真剣である。
「そりゃ今までの帳面《ちょうづら》が、どうもきれいごとにいかんというのは、俺が悪いと言えば、悪いさ。しかしなあ兼公《かねこう》、人間には見こみはずれということもあるでな。そこらのところを少し察してもらわにゃ困る」
「へい。それはもう充分にお察し申しておりますが、先ほどから申しますとおり、何分にも殿様のほうには、だいぶお貸越しに願っておりますんで、へい一度清算いたしまして、なんとかそこへ形をつけていただきませんことには……手前どもといたしましても、まことにはや――」
源十郎のこめかみに、見る見る太いみみずが這ってくる。羽織をポンとたたき返すと、かれは腰ふかくかけなおして、
「しからば、何か。こうまで節《せつ》を屈して頼んでも、金は出せぬ、三十両用だてならぬと申すのだな?」
「一つこのたびだけは、手前どもにもむりをおゆるし願いたいんで」
「これだけ事をわけて申し入れてもか」
「相すみません」
起き上がりざま、ピンと下緒《さげお》にしごきをくれた源十郎、
「ようし! もう頼まぬ。頼まなけれあ文句はあるまい。兼七、いい恥をかかせてくれたな」
と歩きかけたが、すぐまた帰って来て、
「おい。もう一度考える暇《いとま》をつかわす。三十両だぞ。上に千も百もつかんのだ。ただの三十両、どうだ?」
この時、番頭はプイと横を向いて、源十郎への面《つら》あてに、わざとらしい世辞笑いを顔いっぱいにみなぎらせ
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