あい》に、豪刀ななめに飛んでガッ! と下から乾雲を払った。
引き退いた左膳、流れるままにじわじわと左へ寄ってくる。同時に、源十郎は右へ二、三歩、さきまわりして機を制した。
暮れをいそぐ陽が二つの剣面を映えて、白い円光が咲いては消える。霜枯れの庭に凄壮《せいそう》の気をみなぎらして。
仔猫《こねこ》が垣根から両人をのぞいてつまらなそうに草の穂にたわむれているのを、左膳はちらりと見て刀痕をくねらせて――笑ったのだ。
「鈴川」と別人のように軽明な語調。「おれあこうやってる時だけ生きているという気がするのだ。因果《いんが》な性得《しょうとく》よなあ! 貴様が壺を伏せたりあけたりする手つきと、女を連れこむ遣口《やりくち》は見て知っておるが太刀筋は初めてだ。存分に撃ちこんで来いよ!」
源十郎は無言。
青眼にとった柄元を心もちおろすと、うしろへ踏みしめた左足の爪先に、思わず力が入って土くれを砕いた。
双方《そうほう》不動。あごをひいた左膳がかすかに左剣にたるみをくれて、隻眼をはすに棒のように静止したままペッペッと唾を吐きちらしているのは、いつもの癖で、満身の闘志が洩れて出るのだ……。
どっちも、まさか抜きはすまい。こう思っていたのが、この立合い、飛ばっちりを食ってはたまらぬとお藤と与吉は早々に姿を消して、残っている仙之助も、手をつけかねてうろうろするばかり。
新影、宝山二流を合《がっ》した去水《きょすい》流。
法の一字を割って去水《きょすい》と読ませたのだという。
始祖《しそ》は浅田九郎兵衛門下の都築《つづき》安右衛門。
鈴川源十郎、なかなかこの去水流をよくするとみえて、剣に先立って気まず人を呑むていの丹下左膳も、みだりに発しない……のかと思っていると、スウッと刀をひいた左膳、やにわにゲラゲラ笑い出した。
「ははは、よせよ。源公! てめえはもう死んでらあ!」
ふっと笑いやんだ左膳は、あっけにとられている源十郎を尻眼にかけて、
「自分でじぶんの参ったのを知らなきゃ世話あねえ……俺はいま、活眼《かつがん》を開いてこの斬り合いの先を見越したのだ。いいか、おれが乾雲を躍らせて貴様の胴へ打ちこんだ――と考えてみた。と、貴様は峰をかわして見事におさえた。うん、おさえたにはおさえた。がだ、すぐさま俺はひっぱずして貴様の右肩《うけん》を望んで割りつけた、と思ったのが……
前へ
次へ
全379ページ中88ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング