な。昔からの言いつたえに間違いはない」
などとのんきなことをいっていたが、やがて、つづみ[#「つづみ」に傍点]の与吉がひっ返してきて、こわごわ源十郎に大刀を渡すのを見ると、さすがにすっくと起きあがった。
「では、いよいよやるかな」
左膳の青眼《せいがん》は薄日《うすび》に笑う。
「源十、死ぬ前にひとこと礼を言わせてくれ」
「死ぬ……とは誰が死ぬのだ?」
「きまってるじゃねえか。てめえが今死ぬんだ――」
「うふふ! 死ぬのは貴様だろう。なんでも言え。聞こう」
「だいぶ長く厄介になったな。ありがてえぞ……これだけだ!」
「ははははは」源十郎の笑声はどこかうつろだった。「鳥のまさに死なんとするやその声悲し。人のまさに死なんとするやその言うところ善《よ》しとかや――おい丹下、貴様ほんとに討合《はたしあ》いを望んでおるのか」
「あたりめえよ!」
一歩さがった左膳、タタタ! と平糸巻きの鞘を抜きおとして、蒼寒く沈む乾雲丸の鏡身《きょうしん》を左手にさげた。こともなげに微笑《ほほえ》んでいる。
「てめえのおかげで坤竜を取り逃がしたので、おれはともかく、この乾雲が貴様を恨んで、ぜひ斬りてえといってしようがねえのだ。まあ、貴様にしたところで生きていてえつごうもいろいろあろうが、ここは一つ万障《ばんしょう》繰《く》り合わせて俺の手にかかってくれ」
「笑わせてはいかん。どうもあきれるほどしつこいやつだな」
「しつこくなけりゃあできん仕事をしておるでな。われながらゆえあるかなだ。第一、おれの辻斬りを感づいた以上、なんとあっても生かしてはおけん」
「そうか……では! それほどまでに所望なら、鈴川源十郎、いかにもお相手つかまつろう! だがしかし後悔さきに立たず、一太刀食らってから待ったは遅いぞ!」
「何を言やがるッ! 腰抜けめッ! てめえの血が赤えか白いか、それをみてやるんだ。おいッ! 来いよ早く! 往くぞッ、こなけりゃあ――ッ! はっはっは」
哄笑《こうしょう》とともに伸びてきた乾雲丸の閃鋩《せんぼう》、眼前三寸のところに渦輪を巻いて挑む。
もはや応《おう》ずるより途《みち》はない! と観念した源十郎、しずかな声だった。
「大人気ない。が、参るぞ丹下ッ! ……こうだッ」
とうめくより早く、土を蹴散らした足の開き、去水流相伝《きょすいりゅうそうでん》網笠撥《あみがさは》ねの居合《い
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