た。
「毎度どうも御ひいき[#「ひいき」に傍点]にあずかりましてありがとうございます。わざわざお運びを願うのもなんですから、御住処《おところ》さえお知らせ下さいますれば、毎晩一合ずつ手前のほうからお届けいたします。」
が、女はじろり[#「じろり」に傍点]と番頭の顔を見たきり、返事もせずに出て行ってしまった。
唖《おし》だろうということになったが、そうでない証拠にはこっちのいうことはわかるらしい。
毎日全身ぬれてくるのはどういう仔細だ?
ぬれてくるわの化粧坂《けわいざか》、はいいが、なんにしても奇態《きたい》な女。
――というので、あんまり気になるから、ある夕方、よせばいいのに主人自身がこっそり[#「こっそり」に傍点]女の跡をつけてみた。
女はすたすた藁草履を踏んで、浜のほうへ歩いて行く。この辺はもう人家もない。右手に薩州お蔵屋敷の森がこんもりと宵月《よいづき》に浮んでいた。
風が磯の香を運んで来る。行手に、もと船大工の仕事場だった大きな一棟が、荒れはてたお城のように黒ぐろと横たわっている。このさき、建物といってはこれ一つしかないのだ。
はて心得ぬ! あんなところへはいる
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