うぞく》は、たった今|洗濯盥《せんたくだらい》から引き上げたようにびしょ[#「びしょ」に傍点]ぬれなのだ。しかもぞっ[#「ぞっ」に傍点]とするような蒼い顔で、何一つ口をきかずに、同じ酒を同じ徳利へ入れさせて、そいつを眼八分に持って、ほとんど摺《す》り足で帰って行ったから、さあ、一同すっかりへんな気がして評議まちまちだ。近辺には寺こそ多いが、お社《やしろ》はあんまりない。もっともすぐそばに鹿島明神があるが、そこにはこんな神女《みこ》なんかいはしない。そこで、この白衣《しろぎぬ》の女はどこから来るのだろうということが、第一に店の者の疑問となった。
 実際、暮れ六つというと、毎日必ず下げ髪から身体《からだ》全体をぐっしょり[#「ぐっしょり」に傍点]濡らして、女は跫音《あしおと》もなくやって来る。そして、同じ最上等の酒を一合だけ買って、それを儀式のように捧持《ほうじ》して立ち去るのだ。みんなひとかたならず気味わるがっているうちに、それが、ものの十日も続いた。
 主人の耳にも入って、なにしろ店の者の評判が大きいから、聞いたいじょう捨ててもおけない。ある日女が来たところを掴まえて、番頭にいわしてみ
前へ 次へ
全14ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング