いうので、源七は安心して、米とおつりを渡したのだったが、小判が真物《ほんもの》であればあるだけ、どうしてあの家具一つ持たない女が、子供に小判を握らせて米を買いになどよこすのか、考えて見ればそれが少し妙に思われるとの源七の言葉だった。これには源右衛門も同感だった。で、一応それとなく気をつけてみることにして、その日はそれで豆店へ帰ったのだった。
 家の前を通りがけにちらとなかを覗くと、女は風呂にでも行ったらしく留守だった。小判がほん物であるいじょう、たとえ誰が持って来ても、疑う筋合いはないようなものの、無一文に破産をしたという隣の女とあの吹きたての小判とを結びつけて考えることは、源右衛門にはどうしてもできなかった。
 その晩のことである。
 真夜中過ぎていたが、そんなことや何かが気になって源右衛門の眠りは浅かったとみえる。ふと金のかち合うような音を耳にしたと思って、源右衛門は眼を覚ました。たしかに隣の家で、金物の細工でもしているらしい音が、忍びやかに聞えてくる。源右衛門は、そっと立ち上って壁に耳をつけた。まぎれもなく金属を細かくたたく音や、鑢《やすり》を[#「鑢《やすり》を」は底本では「鑪
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