衛門がびっくりするほど、女の家が綺麗になった。何一つ荷物のないのは相変らずだったが、それでも隅々まで女の掃除《そうじ》の手がとどいて、源右衛門とのさかいの壁には、厚い紙が何枚もはられた。源右衛門は、不思議に思うよりも、女の手まめによって家が面目を改めるのをなによりも喜んでいた。
 じっさい女はよく働いた。が、それは家のなかの掃除だけで、箒《ほうき》か雑巾《ぞうきん》を持っていない時は、女はただぼんやりと部屋のまん中に坐っていた。妹という女の子も、戸外《そと》に出てほかの子供たちと一緒に遊ぶようなことはけっしてなく、また何日たっても人の訪ねて来たことは一度もなかった。
 すると、ある日のこと源右衛門が、表の本家の米屋の店に腰をかけて、息子や番頭を相手に楽隠居らしい馬鹿話をつづけていると、息子の源七が、ふ[#「ふ」に傍点]と何か、思い出したように、うしろを向いて小僧へ言った。
「定吉や、ちょうどお父つぁんが来ていなさるから、あれを持って来てみな。」
 何だい? と源右衛門が怪訝な顔をしているところへ、源七は小僧の持って来たものをうしろ手に受け取って、きらり[#「きらり」に傍点]と親父の前へ
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