みたんですがね、私も国に用があるし、そういつまでも探し廻っているわけにもゆかない。早く探しだして金を渡しちまわなくちゃあ、死んだ婆さんへ気がすまなくてしようがない。金は宿に持って来てあります。でね、この人相書の黒子の女がいまお話しした金かんざしを質におきに来たら、ちょい[#「ちょい」に傍点]と押さえておいて、私まで知らせてくれませんか。宿ですか、馬喰町《ばくろちょう》の相模屋《さがみや》てえのに旅籠をとっていますから、どうぞひとつくれぐれもお願いします。」
 こう言って帰って行った家主のうしろ姿へ、三人は感心して首を振った。
 何という堅い仁《ひと》だろう。今どき珍しい美しい話だ。その娘さんが見え次第、小僧を馬喰町へ走らせることに相談して、兼久の店では、それから毎日きょうか明日かと女の来るのを待っていた。
 ところが、女は来ない。
 そのうちに年の暮れの忙しさにまぎれて、忘れるともなく忘れて年が改まった。そうしてやがて冬も残りすくなになり、吹く風にも春の呼吸が感ぜられるころ、ある朝、ごめん下さいとはいって来たのを見ると、これこそ去年甲府の家主のはなしに聞いた黒子の女だったから、小僧は奥
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