、考えるまでもなく、そんな女は兼久へは来なかった。で、きっぱりとそのむねを答えると、男はひどく落胆したようすだったが、
「そうですか。やっぱりお店へも来ませんでしたか。しようがねえなあ。」
 と、しばらくひとりでこぼしていたが、やがて思いきったように向き直って、次のようなことを話しだした。
 この男は、甲府の町のある家主で、三月ほど前、自分の店《たな》に十年も住んでいた独り者のお婆さんが死んだので、そのあと片付けをすると、意外にもお婆さんが床下に二百両という大金を大瓶へ入れて埋めてあったのを発見した。それと同時に、書置きが出てきて、その文面によると、お婆さんにはたった一人の娘があって、子供の時に喧嘩して家を飛び出して行ったが、なんでも風の便りでは、このごろは江戸にいるらしいとのことだから、どうかして娘を探しだしてこの金をそっくり[#「そっくり」に傍点]届けてもらいたいとの遺言であった。そこで、ながらく世話をしたお婆さんのことではあり、ことに死人の望みなのだから、土を掘ってもその娘を探して、金を渡してやらなければならないというので、根《ね》が真面目な家主は、金のことだけあって、他人《ひと
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