かったが、早耳三次も兼久とは親しく知り合っていた。
 もう薬研堀《やげんぼり》にべったら[#「べったら」に傍点]市の立つのも間もないという、年の瀬も押し迫ったあるうすら寒い日だった。
 おもてを行く人の白い息を格子のあいだから眺めながら、ちょっと客も途絶《とだ》えたので、番頭と小僧が店頭《みせさき》の獅噛火鉢《しがみひばち》を抱き合って、何やら他愛《たあい》もないはなしに笑いあってると、凍《い》てついた土を踏む跫音が戸外《そと》に近づいて、
「いらっしゃいまし。」
 と、二人が言った時は、商家の大旦那風の服装《みなり》の立派な見慣れない男が土間に立っていた。
 何か心配ごとでもあるらしく、突き詰めた顔で、主人《あるじ》は在宅かと訊く。これは質をおきに来た客ではないとわかって、番頭はすぐ小僧を奥へやって主人を呼ばせた。主人が出てみると、客は上り口の座蒲団《ざぶとん》に腰を下ろして、すぐこう口を開いた。
「これは兼久さんですか。いや私は尋ね人があって江戸じゅうの質屋を廻っているものだが、じつはね、こういう女があなたのところへ来ませんでしたか。いま、人相書をお目にかけますが――。」
 言いな
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