り》した伊助、飛んで行ってお藤を抱き起し、いろいろと問い糺《ただ》してみたものの、ただ、
「口惜《くや》しい、くやしいッ!」
 と泣くだけで、お藤は何とも答えなかった。
 女房思いで気の弱い伊助が、途方に暮れておろおろ[#「おろおろ」に傍点]しているところへ、間もなく、小間物屋亀安の番頭が、頭から湯気を立てて、豪《えら》い権幕《けんまく》で乗り込んで来た。
 此家《こちら》のお内儀かは存じませんが、それ、そこにいる御新造――とお藤を指して――が、私どもの店で、二十五両もする平珊瑚の細工物を万引《ちょろま》かしたから、今この場で、品物を返すか、それとも耳を揃えて代金を払ってくれればよし、さもなければ、出るところへ出て話を付けて貰おう、それまではこのとおり、店頭へ据わり込んで動かないという言分。煎餅どころじゃない。瓦屋の一家――といっても夫婦二人だが――とんでもない騒動になった。
 正直一徹の伊助が、発狂するほど驚いたことは言うまでもない。お藤は、それでも、泣きながら首を振って、あくまでも身に覚えのないことを主張《いいは》ったが、番頭はいよいよ権《かさ》にかかる一方、お藤はよよ[#「よよ」
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