総掛りで引き上げてみると、水を多量に呑んだか、なにしろ寒中のことだから耐らない。女はすでに事切れていた。
近辺の者だから、皆一眼見て水死人の身許は知れた。材木町の煎餅屋渡世《せんべいやとせい》瓦屋伊助の女房お藤というのが、その人別であった。
三次が指図するまでもなく、誰か走った者があると見えて、瓦屋伊助が息急《いきせき》きって駈けつけて来た。伊助、初めは呆然として突っ立ったきり、足許の女房の死体を見下ろしていたが、やがてがっくり[#「がっくり」に傍点]と膝をつくと、手放しで男泣きに哭《な》きだした。集った人々も思わず提灯の灯を外向《そむ》けて、なかには念仏を唱えた者もあった。
そのうちに、
「畜生ッ!」
と叫んで、伊助が起き上った。眼が血走って、顔は狂気のように蒼褪《あおざ》めていた。
「己れッ! おふじの仇敵《かたき》だ――。」
ふらふら[#「ふらふら」に傍点]と歩き出そうとするのを、三次が抱きとめた。
「おお親分か――三次親分、お騒がせ申して、また、あんたが引き揚げて下すったそうで、まことに、あいすみません、あいすみません。だが、こ、これはあんまりでげす。こうまでして証を
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