が、よほどの覚悟をきめているらしく、滔々《とうとう》たる水に身を任せて音《ね》一つ立てなかった。
抜手を切って泳ぎ着いた三次、心得があるから頓《とみ》には近寄らない。瞳《め》を凝らして見るとどうやら女らしい。海草のような黒髪が水に揺れて、手を振ったのは救助御無用というこころか。が、もとより、へえ、そうですか、と引っ返すわけにはゆかない。強く脚を煽《あお》って前に廻った三次、背中へ衝突《ぶつか》って来るところを浅く水を潜って背後《うしろ》へ抜けた。神伝流で言う水枕、溺死人引揚げの奥の手だ。藁をも掴むというくらいだから真正面《まとも》に向っては抱き付かれて同伴《みちづれ》にされる。うしろへ引っ外しておいて、男なら水褌《すいこん》の結目へ手を掛けるのだが、これは女だから、三次、帯を押さえた。左手で握ってぐっ[#「ぐっ」に傍点]と引き寄せ、肘を相手の腋の下へ挾むようにして持ち上げながら、右手で切る片抜手竜宮覗き。水下三寸、人間の顔は張子じゃないから濡れたって別条ない。それを無理に水から顔を上げようとするから間違いが起る。三次、女を引いて楽々岸へ帰った。
岸に立って舟よ綱よと騒いでいた連中、
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