――ちっ、世話あ焼かせやがる!」
 手早く帯を解いて、呶鳴りながら川下へ走った。
「身投げだ、身投げだ、身投げだあっ!」
 起きいる商家から人の出て来る物音の流れて来るところを受ける気で、三次、ここぞと思うあたりから飛び込んだ。
 人間というものは変な動物で、どこまでも身勝手にできている。どうせ水死しようと決心した以上、暑い寒いなぞは問題にならないはずだが、最後の瞬間まですこしでも楽な途を選びたがるのが本能と見えて、夏は暑いから入水して死ぬ者が多いが、冬は、同じ自殺するとしても、冷たいというので水を避けて他の方法をとる場合が多い。だから、冬期の投身自殺はよくよくのことで、死ぬのに嘘《うそ》真個《ほんと》というのも変なものだが、これにはふとした一時の出来心や、見せつけてやろうという意地一方のものや、狂言なぞというのは絶えてありえない。それに、たいがいの投身者が、水へはいるまでは死ぬ気でいても、いよいよとなると苦しまぎれに※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》いて助けを呼ぶのが普通だが、今この夜更けに、大川橋の上から身を躍らして濁流に浮いて行く者は、男か女かはわからなかった
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