耳を立てた。
 たださえ早耳と言われるくらいの三次、それが今は、その早耳をことさら押っ立てたのだから耐らない。逐一聞える。
「誰だえ、ああ、助さんかえ、お帰り、御苦労だったね。どうだったえ。」
 という怠《だる》そうな女の声。男が答えている。
「どうもこうもありゃあしねえ。しっかり握って出て来たまではいいが、途中で見りゃあ――へん、今日みてえなばかな目に遇ったこたあねえ。ああ嫌だ。嫌だ。」
「あら、どうしたのさ、この人は。貼り付いていなかったというのかえ?」
「いんや、あったにゃあった。あったにゃあったが、これだ、ほい、見てくんねえ。」
「嫌だよこの人は。ちょいとさ、こりゃあお前さん、碁石じゃないか。」
「碁石だよ。」
「碁石だよもないもんだ。おふざけじゃないよ。碁石と知って持って来るやつもないもんじゃないか。」
「へん、はじめから碁石と知って持って来たんじゃねえや。お前が言うにゃあ昨日のうちに細工《せえく》してあるというから、俺あ一件のつもりで剥がしてきたんだ。なんだな、やい、お前は珊瑚玉あ猫婆きめやがって、この俺を一ぺい嵌《は》めようと謀《たくら》んだんだな。」
「助さん、何を言う
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