った。番頭はまだうしろざまに紐の木箱を見立てている。
 と、男の手がするする[#「するする」に傍点]と動いて台の下へ辷って行った。それも瞬間、まさか碁石とは知らないから台の下から取った物を見もせずに素早く袂へ投げ込むと、男は何食わぬ顔で澄まし込んだ。ちょうどそのとき、番頭が紐の小箱を持って振り返った眼の前へ並べたので、男は何か低声で相談しながら、好みの品を物色し始めたが、結局、気に入ったのが一つもないと言って、何も買わずに店を出ようとした。
 今押さえようか、と三次は思った。が、昨日来たのは女だという。してみれば共犯《ぐる》に相違ない。それならここはわざと無難に落してやって、跡を尾《つ》けて大きな網を被せるほうが巧者《りこう》だと考え付いて、三次、静かに男の後姿を凝視《みつ》めていた。
 傘を半開に差しかけた男、風に逆ろうて海老のように身体《からだ》を曲げて、店を出て、右のほうへ行くのを見届けてから、早耳三次、台のところへ飛んで行って下を探った。
 手についたのは伽羅油だけ。付けておいた碁石がない――。
 三次、ものをも言わずに、出て行った男の跡を踏んだ。
 捲《まく》った空臑《からす
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