》が泥《ぬか》るんでやりきれねえ。いや、降りやがる、ふりやがる――豪気なもんだ。」
 こう言って三次が、煙草《たばこ》の火玉を土間へ吹いた時、
「御免なさい。」
 という優しい声がして、おりから煽《あお》る横降りを細身の蛇の目で避けながら、唐桟《とうざん》ずくめの遊人ふうの若い男がはいって来た。三次はそっちを一眼見たきり、気にも留めずにいると、
「女物の羽織紐を一つ見せて下さい。」
 と言っている。
 嫌な奴だな、と思いながら、顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》へ当てた手の指の間から、三次、それとなしに見守りだした。のっぺり[#「のっぺり」に傍点]した好い男で、何となくそわそわ[#「そわそわ」に傍点]している。そこは稼業《しょうばい》、こいつあおかしいぞ、と、三次、早くも気を締めた。
 そんなこととは知らないから、番頭はいい気なもの欠伸《あくび》まじりに、
「へえ――い。」
 とか何とか答えながら、言われた品を取りに背後《うしろ》へ向くと、男は思いきったように進んで、飾台《だい》の傍へ腰を下ろした。
 おやっ[#「おやっ」に傍点]と三次はきっ[#「きっ」に傍点]とな
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