の、蜻蛉の辰の――。」
という声を皆まで聞かずに、三次が障子に手を掛けるとさらり[#「さらり」に傍点]と開いた。素早くはいり込んで後を閉めながら見ると、障子の内側にもおびただしい血の痕がある。しかも黒塗りのお菊の日和が片方、血にまみれて土間に転がっていた。
「辰さん!」
狭い暗い家に三次の声が響いた。と、すぐに人の起きて来るようすに、三次は思わず懐に十手の柄を握り締めた。
三
長屋の連中が蜻蛉の辰の軒下に立って呼吸を凝《こ》らしていると、なかでは長いこと話が続いたのち、やがて、三次ひとり狐憑《きつねつ》きのような顔をしてぼんやり出て来た。
「蜻蛉はいましたか。どうしました?」
待ちあぐんでいた人々はいっせいに三次を取り巻いた。
「いましたよ。いますよ。」
と三次はなぜか溜息を吐いた。
「何せこっちあ早耳の親分だ。野郎、おそれいりやしたろう?」
「誰がですい?」
「誰がって親分、呆《とぼ》けちゃいけねえ、犯人《ほし》さあね、辰さ。とんぼの畜生、おいらがお菊坊をばっさり[#「ばっさり」に傍点]やったに違えねえと、ねえ親分、即《そく》に口を割りやしたろう、え?」
「
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