やかましいやい!」
急に三次が呶鳴りだした。探索に推量《あて》が付いて頭脳《あたま》の働きが忙しくなると、まるで別人のように人間が荒っぽくなるのが三次の癖だった。これを早耳三次の伝法風《でんぽうかぜ》といって、八丁堀御役向でさえ一目置いていたほど、当時江戸御用聞のあいだに有名な天下御免の八つ当りであった。今の三次がそれである。長屋の衆は呆気にとられてしまった。
「えこう、皆聞けよ。」と三次は辺りを睨めつけて、「蜻蛉蜻蛉ってそうがら[#「がら」に傍点]に言うねえ。蜻蛉はな、大事な蜻蛉なんだ。手前ら何だぞ、蜻蛉の辰に指一本差そうもんならこの三次が承服しねえからそう思え、いいか、月番が来ても旦那衆が見えても辰のことだけあ※[#「口+愛」、第3水準1−15−23]気《おくび》にも出すな。下手な真似して蜻蛉に手出ししてみろ、片っ端から三次が相手だ――退け、俺あ帰る。思惑《おもわく》があるんだ。」
呶鳴るだけどなってしまうと、三次は人を分けて飄然《ひょうぜん》と帰って行った。
間もなく、申訳なさそうに血だらけの日和下駄を提げて蜻蛉の辰公が飛出して来て、先に立ってあれこれ[#「あれこれ」に傍点
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