]と世話を焼き始めた。みんなさすがに白い眼を向けたが、辰は一こう平気だった。
渡世人と岡っ引は人柄を読むことと場の臭いを嗅ぐことが大切である。ことに剣術の使手は眼の配りと面擦《めんず》れでわかるものだが、蜻蛉の辰が寝呆け眼をこすりながら出て来た時、三次は一眼見てこれは大きに違うと思った。
辰はいかさま眼の大きな、愚鈍というよりは白痴に近そうな男だった。夜|饂飩《うどん》を売りに出るので帰りは早朝になる。したがってこの時刻は辰にとっては白河夜船の真夜中だから、戸外の騒ぎを知らずに熟睡していたというのもけっして不自然なことはない。障子の血形や血まみれのお菊の下駄を突きつけられても、辰はぬう[#「ぬう」に傍点]と立ったまんま、どうしてそんな物がそこにあったのか少しも解らないと申述べた。
むしろ融通のきかない方かもしれないが白を切りえる質《たち》ではない、三次は辰をこう踏んだ。だいたいこんな、鰹《かつお》一匹満足に料れそうもないぶき[#「ぶき」に傍点]らしい男に、ああも鮮かに生胴を斬る隠し芸があろうとも思われないし、それに、いくら少したりないとはいえ、自分の家の入口に血を付けたり仏の下足
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