を片っ方持込んで見てくれがしにそこらに抛っておいたりするような、そんな間抜けたことはよもやすまい。この男にあの袈裟がけ斬りの疑いを懸けたことが三次は自分ながらおかしくなった。が、何はともあれ念のためと、玳瑁《たいまい》の櫛を出して問い詰めると、辰はすぐさま頭を掻いて、じつは誠に申訳ないが、年の暮れのある晩|稼業《しょうばい》の帰途《かえり》に、筋交《すじかい》御門の青山|下野守《しもつけのかみ》様の邸横で拾ったのだが、そのまま着服していて先日《このあいだ》父親に内証でお菊に与《や》ったものだと言った。嘘をついているものとも見えないので三次はすっかりあて外れの形だったが、それでも一応昨夜の動きを訊いてみると、いつものとおり饂飩の屋台車を押して歩いて明方に帰ったと答えた。
「帰った時に戸口の血やこの下駄に気がつかなかったかえ。」
「暗え中を手探りで上ってすぐと床に潜込みやしたから、何にも気が付きませんでした、へえ。」
三次は家のなかを見渡した。なるほど男鰥夫《おとこやもめ》の住居らしく散らかってはいたが、さして困っている生計《くらし》とも思われない。女房《にょうぼ》を失くした淋しさから櫛
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