をやったりしてお菊の歓心を買うに努めていたものとみえる。小道具といい身のまわりといい饂飩屋|風情《ふぜい》にしてはちょっと小ざっぱりしすぎているような気がしないでもなかった。
「のう辰さん。」三次が言った。「饂飩もなかなか上金《あがり》が大《でっ》けえもんと見えますのう。」
「へ? へえ、おかげさまで、へえ。」
「車はどこにありますい。」
「仕込問屋に預けてありやす。」
「その問屋ってなあどこですい。」
「その問屋は――。」
「うんその問屋は?」
「へえ、蔵前の――。」
「うん。蔵前の何屋何兵衛だ。」
 とこう突っ込まれて、辰はぐっ[#「ぐっ」に傍点]と詰ってしまった。それを見ると、三次は脅し半分に腕を伸ばして辰の肩口を掴んだのだが、掴まれた辰よりもかえって掴んだ三次のほうが吃驚《びっくり》した。蜻蛉の辰の肩は、板のように固く、瘤のように胼胝《たこ》ができていたのである。
「おうっ、辰っ。」三次の調子ががらり[#「がらり」に傍点]と変ったのはこの時だった。「お前なんだな、駕籠《かご》を担《かつ》ぐな。」
 辰は両手を突いて黙っていた。
「辻か、いやさ、辻駕籠かよ。」
 辰は返事をしない
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