。三次はたたみかけた。
「相棒は誰だ。出場はどこだ。」
 辰は無言だった。三次はかっ[#「かっ」に傍点]として、この野郎っ、直《ちょく》に申上げねえかっ、と呶鳴ろうとしたが、何思ったかにこり[#「にこり」に傍点]と笑って、
「辰さんや、何をしても商売だ。のう、駕籠かきだとて恥じる節はねえわさ。まあま、男は身の動くうちが花だってことよ。精々稼ぎなせえ。」
 と言ったなり、頭を下げている辰公を残してぶらり[#「ぶらり」に傍点]とその家を出たのだった。
「ふうん、こりゃあちょっと大物だぞ――。」
 生酔いのように道路《みち》の真中を一文字に、見れども見えず聞けども聞かざるごとく、思案にわれを忘れて花川戸《はなかわど》の自宅に帰り着いた早耳三次は、呆れる女房を叱りとばして昼の内から酒にして、炬燵《こたつ》に横になるが早いか、そのまま馬のように高鼾をかいて睡ってしまった。

      四

 音も月も凍《い》てついた深夜の衢《まち》、湯島切通しの坂を掛声もなく上って行く四手駕籠一梃、見えがくれに後を慕って黒い影が尾《つ》けていた。
 蜻蛉の辰が饂飩屋なぞと嘘を言って人にかくれて駕籠を担いでいる
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