夜の稼ぎを怪しいと見た早耳三次が、半日ぐっすり[#「ぐっすり」に傍点]寝込んで気を養い、暮るに早い冬の陽が上野の山に落ちたころ、腹掛法被《はらがけはっぴ》に※[#「ころもへん+昆」、172−下−14]襠《ぱっち》という鳶《とび》まがいの忍び装束で茶屋町近くに張込んでいるとこれも身軽に扮《つく》った蜻蛉の辰が人目を憚るように出て来て、東仲町を突き当った誓願寺の裏へ抜けた。あの辺いったいは東光院《とうこういん》称往院《しょうおういん》天岳院《てんがくいん》、左右が海全寺に日林寺、そのまたうしろは幸竜寺《こうりゅうじ》万祷寺《ばんとうじ》知光院《ちこういん》などとやたらに寺が多かった。辰が天岳院前の樹下闇《このしたやみ》に立停まると、そこに男が一人駕籠を下ろして待っていた。三次が遠くから透かし見たところでは、痩形《やせがた》の、身長《せい》の高い若い駕籠屋であった。二人は別に挨拶もせずに、そのまま駕籠を上げて安部川町の方へ辻待に出向いて行った。空駕籠の揺れぐあいから後棒の辰はもちろん、先棒の男もまだ腰ができていないのを、三次は背後《うしろ》から見ながら随いて行った。お書院組《しょいんぐみ》の
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