斬手といいたいところ、ううむ[#「ううむ」に傍点]と唸ると三次は腕を組んで考えこんだ。
三次が考えこんだのも無理はない。過ぐる年の秋の暮れから正月へかけて、ひときわ眼立った辻斬がたださえ寒々しい府内の人心を盛んに脅かしていた。当時のことだから新刀試《あらものだめ》し腕試し、辻斬は珍しくなかったが、そのなかに一つ、右肩から左乳下へかけての袈裟がけ斜《はす》一文字の遣口《やりくち》だけは、業物《わざもの》と斬手の冴えを偲《しの》ばせて江戸中に有名になっていた。殺される者には武士もあった、町人もあった、女子供さえあった。昨夜《ゆうべ》はあそこ、今朝はここといった具合に、ほとんど一夜明けるたびに生々しい袈裟斬りの屍体が江戸のどこかに転がっているというありさまだった。誰も姿を見た者はないがもちろん侍、しかも剣の道に秀でた者の仕業であることは何人も認めざるを得なかった。死骸はいつも一太刀深く浴びて胸から腹へ大きな口を開いていたが、けっして切って落した例《ためし》はなく皮一重というところで刀を留めて危なく胴をつないでおくのがこの辻斬の特徴であった。これはとうてい凡手の好くするところではない。必ずや
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