《かぞ》えられるほど近く見えていた。
東仲町が大川橋にかかろうとするその袂《たもと》を突っ切ると材木町、それを小一町も行った右手茶屋町の裏側に、四軒長屋が二棟掘抜井戸を中にして面《むか》い合っている。それが甚右衛門店であった。
自身番の老爺が途中で若い者を二人ほど根引にして、一行急ぎ足に現場へ着いた時には界隈は寂然《ひっそり》として人影もなかった。三次が井戸を覗いて見ると、藻の花が咲いたように派手な衣服《きもの》と白い二の腕とが桶に載って暗い水面近く浮んでいた。それ[#「それ」に傍点]っというので若い者が釣瓶《つるべ》を手繰《たぐ》って苦もなく引揚げたが、井戸の縁まで上って来た女の屍骸を一眼見て、三次初め一同声も出ないほど愕《おどろ》いてしまった。
女は身投げしたのではない。誰かが斬殺してぶち込んだのである。しかもその切り口、よく俗に袈裟《けさ》がけということを言うがまさにそれで、右の肩から左乳下へかけてばらりずん[#「ばらりずん」に傍点]とただの一太刀に斬り下げて見事二つになった胴体は左|傍腹《わきばら》の皮肌《かわ》一枚でかろうじて継がっていた。石切梶原ではないが刀も刀斬手も
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