してくれ。」
三次は坐ったまま乗り出した。
「お殺《や》んなせえ。右の肩から左乳下へざんぐり[#「ざんぐり」に傍点]一太刀、ようがす。立派に斬られやしょう。だがねお侍《さむれえ》さん、皮一枚だきゃあ残しておいて下せえよ。」
侍はぎょっ[#「ぎょっ」に傍点]としたらしかった。刀持つ手が見るみる下った。弛《ゆる》んだ鍔《つば》ががちゃり[#「がちゃり」に傍点]と音を立てた。
「許す。」
とひとこと、大刀の刃を袖で覆って、侍はもと来た闇黒《やみ》へ消えて行った。その跫音《あしおと》は水を含んだ草鞋の音だった。その後姿は丸腰だった。鞘を差していなかった。三次は這うように駕籠へ近づいた。若い駕籠屋がちょうど提灯に灯を入れ終って、辰を促《うなが》して肩を差すところだった。駕籠の底が土を離れると、三次は猫のように音もなく二人の跡を踏んだ。
同朋町《どうぼうちょう》から金沢町、夜眼にも光る霙のなかを駕籠は御成街道《おなりかいどう》へさしかかった。
五
堀丹波《ほりたんば》の土塀に沿うてみぞれ橋という小橋があった。そのすこし手前でまたもや駕籠が停まったところを、三次は闇黒《やみ
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