、ぴしゃという草鞋《わらじ》の音を頼りに、駕籠に道の左側を往かしておいて三次は右側を擦り抜けたが、五、六間前へ出るあいだまったく生きた心地はしなかった。と、何者かがすがり寄る気を感じて、三次は足をとめた。その瞬間、一陣の寒さが首筋を撫でた。三次は背後へ飛び退《すさ》った。見ると、すぐ前に、黒の着流しに宗十郎頭巾《そうじゅうろうずきん》で顔を包んだ侍が、片手に細長い白い棒のような抜身を下げて、片手で霙を除けながら煙のように立っている。駕籠は遙か向うに下りて、草鞋の音も聞えなかった。
三次は剣術なぞは真似すらもできない。しかも自ら招いたこの窮場《きゅうば》、ええ、ままよとどっかり[#「どっかり」に傍点]そこへ胡坐《あぐら》をかくと、気のせいか侍の顔に微笑が浮んだようだったが、
「町人、斬ろうかの。」
と言った声は、手の白刃《しらは》のように冷たかった。口が乾いて三次はものが言えなかった。
「商売は何だ。」
刀の尖を振わしながら侍が聞いた。
「大工《でえく》。」
「なに、でえく[#「でえく」に傍点]? うん。大工か。」
言いつつすうっ[#「すうっ」に傍点]と刀を振りかぶって、
「斬ら
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