も遠ざかって行くが横町が気になるので、三次は小走りにそのほうへ進んだ。暗いから足許が見えない。重い大きな物に蹴躓《けつまず》いてあっ[#「あっ」に傍点]と思うと諸に転んだ、町の真中に寝ているやつがある。起上りざま鼻を摺《す》りつけんばかりにして見ると、武家屋敷出入の骨董屋の手代とでも言いたいお店者《たなもの》が朱《あけ》に染んで倒れていて、初めは二人かと思ったほど、上半身が物の見事に割《さ》かれていた。
 さすが鉄火な早耳三次、血泥を掴んだまましばらくそこにへたばっていたが、やがてふらふら[#「ふらふら」に傍点]と立上ると、
「どこのどなた様か存じませんがあっしは少し急ぎます。成仏《じょうぶつ》なすって下せえやし――南無阿弥陀仏。」
 も口の中、耳も早けりゃ脚も早い、おりから風さえ加わって横ざまに降りしきる霙を衝いて、三次は驀地《まっしぐら》に駕籠を追って走った。
 定火消《じょうびけし》を右に見てあれから湯島四丁目へかかると藤堂様のお邸がある。追いついたのは聖堂裏であった。そのころは杉の大木が繁っていてあそこらは昼でも薄気味の悪いところ、ましてや夜。人通りはない、先へ行く駕籠のぴしゃ
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