とは、ごめんだというのだ。
 現金がないのだから、ほかの商人を当たってみたところで、顔のききようがない。さっそく具足屋は、あすから休業である。というので、東兵衛からの急使が、江戸小石川の金剛寺坂へ飛んだ。見殺しにはできない。また、今までつぎこんだ金も、生かさなければならない。即刻、若松屋惣七は、工面に奔走した。あそんでいる小判というものはないのだから、これには惣七も、かなりひどい無理をした。
 その結果、若松屋惣七から相当の額《もの》を託された金飛脚が、掛川宿へ駈けつけたのだがそのときは、それやこれやを苦に病んで、つまり、どっちかといえば、気の小さな男だったのだろう。具足屋東兵衛は、気が狂《ふ》れていたというのだ。
「客商売に、座敷牢《ざしきろう》というのも面白うない。裏山の奥に、掘っ立て小屋を建ててな、見張り人をつけてあるそうだ」
「すると、何でございますか。旦那さまが、その掛川の借財をすっかりおしょいこみになったのでございますか」
「さよう。これは四月《よつき》ばかり前のことだが――」
「あら、ちっとも存じませんでおりましてございます」
「なに、よけいな心配をさせるにも当たらぬと思
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