って、お前には黙っておりました。べつに書状をしたためてもらわにゃならぬことではなし、使いの口上を聞いて、金さえ送ればよいことだったので、お前をわずらわせずにすんだのだ。どこかへ出て、お前は留守だった」
 よけいな心配をさせたくなかったなどと、それはまるで女房にでもいうようなことばだと、いってしまってから気がついたらしく、若松屋惣七はじぶんでも意識しないこころの底のひらめきにちょっとおどろいた。あわてて、話の本筋にかえった。お高は、いつのまにか、うれしそうに惣七に寄り添っていた。
 もう、ほんとに暗かった。暗いなかに、雨あしが光っていた。若松屋惣七もお高も、その、寒く吹きこんでくる雨に、気がつかないようすだ。国平であろう。縁側の端で、大いそぎに雨戸をくり出す音がしていた。

      三

 国平が雨戸をくり出す音に勝つために、惣七は、しぜん大声だ。
「こうなのだ。はじめ東兵衛が、わしと半分ずつ持って具足屋へおろした資本《もとで》だな、それだけは、わしのふところから出して、急場をしのがねはならぬことになったのだ」
「でも、それはお出しにならなければならなかったことはございますまい。義理
前へ 次へ
全552ページ中101ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング