足もとを見えなくした。お高は、台所へ上がるまえに、立ちどまって眼をふいた。
わざといきおいよく上がって行った。
「滝蔵さん、佐吉さん、国平さん、ただいま帰りましたよ」
どこからも返事がなかった。どうしたのだろう。三人ともどこへ行ったのだろうと思いながら、台所につづいた下男部屋の前を通りかかった。
なかで、三人の話し声がしていた。話に気を取られて、お高の声も聞こえず、はいってきたのも知らなかったのだ。
国平の声が聞こえた。
「いや、あのごようすは、ただごとじゃあねえ。お高さんがいねえからばかりだとは、おいらにあ思えねえのだ」
「そうよなあ。そういえば、朝から何一つお口へも入れずに、ひどくふさいでいなさるようだな」
「全く、あんな旦那をおいら幾年にも見たことがねえのだよ」
お高は、はっと胸を突かれたような気がした。黙って、そこを通り過ぎると、駈けるように縁へかかった。長い縁だ。胸をさわがせて、いそいで歩いて行った。
例の帳場になっている茶室の前へ出た。障子がしまっていた。中は、人のけはいもないように、しずかだった。お高は、思い切って声をかけた。
「旦那さま、ただいま帰りましてご
前へ
次へ
全552ページ中93ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング