ていた。
 だいぶ引っかえしたとき、うしろに磯五の跫音《あしおと》がした。いつものやさしい声だ。
「お高じゃないか。何しにこんなところに出ているのだ」

      四

「お前さまをさがしに出たのでございます。後家さまふうのお客さまがお見えになりましたから」
「うむ。おせい様だろう。ちょっと知り人なのだ。気のいい面白い女《ひと》だよ。大事なおとくいでもあるし、いろいろとまた力になってもくださるのだ。御挨拶したか」
 案のじょう、そらとぼけていった。お高も、そのまま黙って並んで歩いて、おせい様から聞いたことも、いま空地《あきち》で女役者らしい女《ひと》と会っていたのを見たことも、いわなかった。いわないほうがいいし、いう必要もないと思った。
 狭い横町なので、並んで歩くと、磯五のからだに触れるのだ。いやな気がした。で、立ちどまって磯五を先へやって、二、三歩遅れて行った。磯五が、ちょっと気がかりなように、ふりかえってきいた。
「問屋の用というのが手間取ってな、届いた荷を見におもての土間まで行っていたのだ。だから、こっちをまわって来た。お前、おせい様に、何といって御挨拶をした」
「御心配なさ
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