のように、たまらなく気の毒に思われてきた。
磯五は、女のむっちりした肩に手をまわして、何ごとか耳へいっていた。それが、お高のところからは、女の耳をなめているように見えた。あの人はよく自分にもああしたことがあるとお高は思った。そう思っても、もうべつにいやな気もしなかった。何だか芝居を見ているようで、のぞき見しているのが面白くなってきた。
女は、白い歯を見せて、もたれかかるように笑っていた。合点々々をしていた。ふたりのからだが、別れた。女は不服そうにちょっとからだをよじっていたが、やがて、磯五が叱《しか》るように何かいうと、やっと別れることを承知したとみえて、白い顔を振り向かせながら、空地の裏の板塀のこわれを抜けて、むこうの横町へ通ずる小路を、いそぎ足に立ち去っていくのが見えた。
磯五は、離れていく女を見返りもしなかった。ちょっとあたりをうかがって、人通りがないと見ると、するりと小松の下の囲いをくぐって往来へ出て来た。磯五の店でも、誰も気がつかなかった。この以前、二人が別れそうなようすを見せだしたときから、お高は、見つからないように天水桶に身をかばって、そっと磯屋の横の路地へ引っ返し
前へ
次へ
全552ページ中79ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング