高はすぐに読みとることができた。
お高は反射的に、奥の居間に待っているおせい様のことを思った。また、おせい様のことばかりではなく、さっきより[#「より」に傍点]を戻してくれと磯五にくどかれたときに、あやうくそれに傾きかけたじぶんの心をも思い返していた。お高は、それを思って、ぞっと寒けのようなものに襲われた。同時に、どうしてあの磯五という人には、女という女が心を傾けるのであろうかと不思議に思った。
その、女をひきよせる磯五の力が何であるのか、わかっているようで、お高にもよくわかっていなかった。それは、お高も、一方では唾棄《だき》しながら、他方では理窟《りくつ》なしに、多分にひかれているひとりであるために相違ない。しかし、このときは、自分のほんとの場処は、あの、小石川の森の奥の、金剛寺坂の若松屋惣七さまのおそばなのだ。そのほかにはないのだと、お高はつくづく思った。そう思うと、あぶないところを救われたような気がした。
と、磯五からはもう千里も万里も遠のいたようなこころになって、あとのほうは、女をも磯五をも、お高は平気で見ていることができた。ただあのおせい様のことだけが、自分の責任か何ぞ
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