うち見えますでございましょうよ。わざわざあなた様に呼びにいらしっていただかなくてもよろしいんでございますよ」
 うしろで、少女《こども》のように邪気のない、おせい様のほがらかな声がしていた。ああいう人をだますなんて、空恐ろしいとは思わないかしらとお高は思った。
 お高は一度往来へ出て、そこからそれとなく店をのぞいてみるつもりだった。何だか、わるいことをしているようで、ためらいながら、式部小路の通りまで出た。白く乾いた地面に日光が揺れていた。かた、かた、かたと金具を鳴らして錠剤屋《じょうさいや》が通り過ぎた。色の黒い錠剤屋が汗ばんだ額を光らせて、ちらとお高を見て通った。すぐあとから、尾を巻いた犬が、土をかいでいった。
 日本橋の通りに、大八車がつづいていた。近所に稽古屋《けいこや》があるに相違なかった。女の児《こ》の黄いろい声とお師匠さんの枯れた声とが、もつれ合って聞こえてきていた。お高は、そっと店の前へまわろうとした。
 磯屋の前は、ちょっとした空地《あきち》になっていた。小松が二、三本はえていた。これから普請《ふしん》にでも取りかかろうとしているのだろう。まばらな板囲いがまわしてあっ
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