話し相手を見つけたうれしまぎれが、おせい様をひとりでしゃべらせていた。
「去年わたしがお伊勢さまへお詣《まい》りしましてね、大阪へ遊びに寄って、あの人に会ったのでございます。あの人は堺で大わずらいをして、そのときわたしが看病をしました。おや、あの人はどこへ行ったのでございましょう。此室《ここ》にいると小僧さんがしらせてくれましたので、おどろかしてあげようと思ってこっそり来たのでございますがねえ」
「ほんとにねえ。今までここに話しておりましたのでございますが、どうしたのでございましょう。ちょっとわたくしが見て参りましょう」
お高は、ゆらりと起ち上がった。
三
お高は、ここでおせい様と話しているところへ、磯五に帰って来られてはたまらないような気がした。どうしたらいいかわからないと思った。おせい様は磯五という人間を、神様や仏さまのように考えているらしい。そのおせい様のまえに、ぎっくりしてまごまごしている磯五を見せることは、おせい様にすまないとお高は思った。
縁へ出ると自分のはきものがあった。それを突っかけてはいって来た横丁づたいにおもての往来へ出た。
「まあまあ、その
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