ばかりなのに、いまこの女《ひと》が出て来て、近く磯五の女房としてここへ迎えられるはずだというのは、どういうことであろうか。
 それに、五兵衛の妹というのは? ついぞ聞いたことはないが、あの人に妹があったかしら? とっさのことで、お高はさっぱり判断がつかなかった。
 磯五が、すぐ来るからといって出て行ったあとだ。お高は、この人はまあいつのまに、そしてどんな途《みち》を通ってこんな大店《おおだな》のあるじとまで出世をしたのであろう? いぶかしく思いながら、何からなにまで珍しい心持ちでそこらを見まわしていた。
 瞬間だったが、金剛寺坂の静かな生活が、こころにひらめいて、ひとり残して来た若松屋惣七を、なつかしいと思った。若松屋惣七の長いこわい顔が、眼のまえを走り過ぎた。黙って磯五にぶたれていなすったようすが、いたましく思い出された。日ごろの惣七の気性を知っているので、あのことから何か恐ろしいことになりそうな気がして、ぞっとした。そこへ、いきなり人影がさして、おせい様がはいって来たのだ。
 おせい様は自分の家《うち》のように誰にも案内されないで、すべるようにこの部屋へはいって来てすわったのだ。お
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