せい様は三十五、六のしとやかな女だ。美しい人で、にこにこしている。おせい様は鼠小紋《ねずみこもん》の重ねを着て、どこか大家《たいけ》の後家ふうだった。小さくまとまった顔にくちびるが、若いひとのように紅《あか》いのだ。
 おせい様は、磯五といっしょになる約束のできていることを、誇らずにはいられないのだろう。そんなようすに見えた。磯五のことをいうときは、さざなみのような小皺《こじわ》の寄っている眼のまわりに、桜《さくら》いろのはじらいがのぼるのだ。うれしさを隠そうともしないのだ。
「ほんとに五兵衛さまは、お立派な方でいらっしゃいますよねえ。何から何まで気のつく、いい方でいらっしゃいますよね。よく妹さんのお噂《うわさ》をしていらっしゃいますでございますよ。あなたといういいお妹さんがあるから、商売のほうもちょくちょくからだを抜くことができて、たいへん楽だと口ぐせのようにおっしゃってございますよ」
「何かのお間違いでございましょう。わたくしはあの人の妹ではございません」
「あら、お妹さんでないとおっしゃると、すると――」
「ちょっと識《し》り合《あ》いの者でございます」
 おせい様は、にっこり笑
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